一元体制から混合体制へ 3
ソ連がいろんなことをいっても、アメリカが強く出ると黙ってしまうという傾向が、戦後ずっと続いてきました。
日本はこの強いアメリカの力に寄りすがって、うるさいことは全部アメリカにやってもらって、ひたすら経済の拡大を追求することができたのです。
ところが、このアメリカの力が急激に崩れてきました。
軍事力の面でアメリカがその圧倒的な優位性を失ってくるのは、1975年前後からといえるでしょう。
75年の春にアメリカはベトナムから撤退し、その後のベトナムにはすぐにソ連の力が入りました。
これと前後して起こったのはソ連のアンゴラへの進出です。
アンゴラにキューバの軍隊を送って代理戦争をやらせたのです。
次にエチオピアの内戦に干渉し、これを社会主義化しました。
南イエーメンにもソ連は力を注ぎました。
その後、アフガニスタンに侵入します。
もう一つ、国際的なテロの本拠地ともいわれる、カダフィ大佐が率いるリビアはソ連一辺倒の国です。
ソ連はこうして1975年前後、中近東に勢力の伸張を図ったのです。